Ciao, sono Okapi.
こんにちは、オカピです。
ワールドカップが始まりましたね。
サッカーの大きな大会が始まると、
ふだんはそこまで見ていなくても、少し熱くなることがあります。
テレビをつけて、開幕を知らせる映像を見たとき。
どこかの国のユニフォームを着た人たちが、楽しそうに国の名前を呼んでいるのを見たとき。
「始まったんだな」
そんなふうに思います。
今回の大会に、イタリア代表の姿はありません。
日韓共催の大会のころの印象もあって、
僕の中では、イタリアはやっぱり「サッカーの国」というイメージがあります。
そのイタリアが、ここ三大会、ワールドカップの舞台にいない。
それはちょっと驚きでもあり、ちょっとさびしくも感じています。
でも、そんな今だからこそ、
イタリア語で「始まりの瞬間」に似合う言葉を見てみたいと思いました。
今日の言葉は、
Ci siamo.
チ・スィアーモ
です。
Ci siamo.|いよいよだね
Ci siamo. は、場面によっていろいろな意味で使われる言葉です。
日本語にすると、
いよいよだね
さあ、来たね
ここまで来たね
その時が来たね
そんな感じに近いと思います。
たとえば、試合が始まる少し前。
スタジアムに人が集まって、
選手たちがピッチに出てきて、
音楽が流れて、
歓声が少しずつ大きくなっていく。
まさに、始まる直前の時間です。
そのときに、
Ci siamo.
チ・スィアーモ
いよいよだね。
と言うと、ただ「始まる」という事実だけではなく、
そこにたった今たどり着いた気持ちまで入るような感じがします。
面白いのは、この言葉を直訳に近く見ると、
少し違う景色が見えてくるところです。
ci は、「ここに」「そこに」「その場所に」のようなニュアンスを持つ言葉です。
siamo は、「私たちはいる」です。
なので、直訳に近づけると、
僕たちはここにいる
僕たちはその場所にいる
という感じにも見えます。
もちろん、日常の会話ではもっと自然に、
「いよいよだね」
「さあ、来たね」
のように使われます。
でも、言葉の奥に、
「私たちはここまで来た」
「もうこの時間の中にいる」
という感じが残っているようで、
シンプルだけど深くていいなと思います。
試合が始まる、という事実
イタリア語で「試合が始まる」と言うなら、
La partita comincia.
ラ・パルティータ・コミンチャ
です。
la partita は「試合」。
comincia は「始まる」。
これは、とてもわかりやすい言葉です。
時計が進んで、
キックオフの時間になって、
主審が笛を吹く。
その「事実」を言うなら、
La partita comincia. です。
でも、Ci siamo. は少し違います。
試合が始まると同時に、
「その時間に、心が入っていく」
そんな感じがあります。
まだ笛は鳴っていない。
まだ何も起きていない。
けど、もう始まっている。
この「たどり着いた感じ」が、
Ci siamo. なのかもしれません。
Andiamo.|さあ行こう
始まりの空気から、少し前に進む言葉もあります。
Andiamo.
アンディアーモ
意味は、
行こう
さあ行こう
です。
英語の Let’s go. に近い感じで使える言葉です。
Ci siamo. が、
「いよいよだね」
「ここまで来たね」
と、その場に立つ言葉だとしたら、
Andiamo. は、
そこから一歩動き出す言葉です。
スタジアムへ向かうとき。
仲間と駅で待ち合わせて、
「じゃあ行こうか」と言うとき。
Andiamo.
アンディアーモ。
行こう。
いいですね。
強すぎないんだけど、前進を感じます。
何かを始めるとき、すべての準備ができているわけではないですよね。
不安がある。
迷いもある。
でも、もうここまで来た。
そんなときに、
Ci siamo.
そして、Andiamo.
「いよいよだね」
「じゃあ、行こう」
この流れは、日常のいろいろな場面にも合いそうです。
Forza.|力を出して
イタリア語の応援の言葉として、よく知られているものに、
Forza.
フォルツァ
があります。
意味は、
がんばれ
行け
力を出して
のような感じです。
もともと forza は、「力」という意味の言葉です。
だから、ただ明るく「がんばれ!」と言うだけでなく、
相手の中にある力を信じて、
それを引き出してくれるような響きがあります。
Forza!
フォルツァ!
行け!
試合中に聞こえてきそうですね。
ゴールに向かって走る選手に。
苦しい時間を耐えているチームに。
もう一度立ち上がろうとしている人に。
Forza.
この一言には、
「あなたの中に力があるよ」
「自分を信じてあげてね」
という気持ちも入っているように思います。
Forza は、試合の中で前に押し出す声。
Ci siamo は、試合が始まる前に、心をその場所へ連れていく言葉。
そんな違いがあるように感じます。
Che emozione.|なんて胸が動くんだろう
もうひとつ、「始まる瞬間」の空気に合いそうな言葉があります。
Che emozione.
ケ・エモツィオネ
日本語にすると、
なんて感動するんだろう
なんて胸が動くんだろう
という感じです。
emozione は、「感情」や「感動」に近い言葉です。
試合には、勝ち負けだけではないものがあると思っています。
国歌を歌う人たち。
旗を振る人たち。
初めて大きな舞台に立つ選手。
何年も待っていたサポーター。
そのひとつひとつを見ていると、
まだ試合の結果は出ていないのに、
もう胸が動いてしまうことがあります。
日本代表の森保一監督が、国歌斉唱のタイミングで涙する姿を見たことがあります。
それは、日本人である喜びと感動が込み上げてくるからだそうです。
こんなときに、
Che emozione.
ケ・エモツィオネ。
なんて胸が動くんだろう。
が合うように思います。
ただ「すごいね」じゃない、
心の近くにある言葉のように感じます。
始まりの場所に、心がいる
自分はそこにいなくても、
言葉を通してその空気に触れられるっていいですよね。
ちょっと不思議な、言葉の力です。
Ci siamo.
私たちはここにいる。
いよいよだね。
ここまで来たね。
この言葉は、結果よりも前の時間にいてくれます。
勝つかどうか。
うまくいくかどうか。
何が起きるか。
それはまだわかりません。
でも、始まりの場所に立つことはできます。
テレビの前でも、スタジアムでも。
友達と話しながらでも、ひとりで静かにでも。
心がそこへ向いたら、
もうそこにいられるのかもしれません。
オカピくんの一言

Ci siamo.
チ・スィアーモ
いよいよだね。心はもう、そこにいるね。
何かが始まるとき、
大きな声を出せる日もあれば、
静かに見つめるだけの日もあります。
でも、どちらでもいいんだと思います。
La partita comincia.
試合が始まる。
Ci siamo.
いよいよだね。
Andiamo.
行こう。
Forza.
力を出して。
Che emozione.
なんて胸が動くんだろう。
こうして並べてみると、
始まりの前後にあるいろいろな気持ちを、
イタリア語で伝えられそうです。
熱くなるだけではなく、
少し立ち止まって、
その瞬間を味わう。
そんな応援の仕方も、あっていいのかもしれませんね。
ワールドカップは始まりました。
どの国を応援する人にも、
どこかで見ている人にも、
そして、少し離れた場所からその熱を感じている人にも。
Ci siamo.
いよいよだね。
心はもう、その場所に着いているのかもしれません。
今日、素晴らしい一歩を踏み出せますように✨


コメント